石井隆研究家 日塔滋郎 プロフィール
※ジャケット写真は検討用デザイン(実際に発売されるデザインとは一部異なります)
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今回の仕事に際して石井隆は映画で登用された女優の容姿から距離を取り、思い切り魂の領域、精神世界に踏み込んだ絵を描いた。前述(2/5)の『赤い淫画』のジャケット画をめぐる解釈を無理なく受け入れられる人にとって、こちらの絵も生真面目でやさしい石井流の宗教画となっている。過去と愛とを振り切るように踊るおんなのスカートがふわふわとまくれていく、そんなラストシーンを切り取った一枚絵であるのだが、スカートが透けて右上へと流れていく様子はエクトプラズムとなっておんなを守護する存在を表わして見える。
屋内にもかかわらず雨が降りしきり、そこに混じって粘性を持ったひと筋の滴が流れくだっている。劇中で描かれた体液の交差と融合を取り上げたものだろうが、生きていくことの重さと悲しみがこの密度ある“液だれ”にこもって感じられ、とても淋しくて胸に沁みる。
わたしは石井隆の絵に扇情されることは本当に少なく、それは石井の絵の力が生命活性の域をこえて死線すれすれの思索の領域に引きずり込むからだと思うのだが、この絵の女性の頭から腰回りを丁寧に目でたどりながら読み説きを試みているうちに、妙に胸騒ぐものがあってすこし困った。今回求めに応じられて石井は“名美”というテーマで連作を描いたわけだが、見比べ凝視することを交互にしているうちに、“名美”とは何だろうかという問い掛けがこころに湧いてきて、ぶらぶらとブランコのように気持ちが揺れたままになっている。