劇画『天使のはらわた』が日活ロマンポルノで映画化された当時、石井隆とはどんな存在だったのか。
今回のブルーレイリリースに際してこのファンサイトで振り返ってみたいと思い、石井隆研究家・日塔滋郎氏に寄稿をいただいた。
独自の視点で深掘りする考察は氏にお任せするとして、その前に一ファンの駄文を添えることをお許しくださるだろうか。
映画化されるコミック作品といえば、連載で多くのファンを獲得し、話題性や集客の見込めるキラーコンテンツであることは今も当時も変わらない。
1970年代後半、石井隆は第一線級の作家たちが筆を競う青年劇画誌『ヤングコミック』(少年画報社)に彗星のごとく登場し、土屋名美という名の女性を主人公とする短篇連作によって、一般の若者たちはもちろん、名だたる評論家や文化人、映画人たちから熱烈な支持を受けた。その細密な筆致と映画的連続描写、構図、時代に対峙した独特の女性観 漫画の表現領域に多様な価値観や可能性が広がっている今となっては珍しく感じられないかも知れないが、当時“マンガ”と認識され画一的に捉えられていた既成の枠を突破したアプローチで女と男の思念あふれるドラマを描こうする表現そのものが、映画にも小説にも劇画にもない稀有な存在感を放っていた。やがて巻頭を飾るほどの人気を獲得するにつれ、テレビや週刊誌などマスコミからの注目度もエスカレート。「1970年代劇画界の寵児」という見出しが躍り、いつしか石井隆はトップランナーとして時代の先頭を走っていた。
1977年7月から長篇連載を期待する声を受ける形で、満を持して劇画『天使のはらわた』の連載が始まったのだ。ほどなく東映と日活から映画化のオファーが舞い込む。その後映画化の権利を日活が獲得した経緯はブルーレイに収録されるコメンタリーで詳しく言及されると思われるが、どれほどの熱狂を持って『天使のはらわた』が日活ロマンポルノとして映画化されたのかという時代の一端をここでお分りいただければと思う。
今でこそ『天使のはらわた』といえば、石井隆ワールドの代名詞であり、名美と村木のメロドラマという印象が定着していると思うが、実はそれは日活ロマンポルノで連作された映画シリーズのイメージであり、原作劇画の『天使のはらわた』に村木は登場していないし、ヒロイン名美でさえ全篇には登場していない。機会があれば是非、原作劇画の方をご一読いただいても面白いと思う。
さて今回あらためて映画『天使のはらわた』シリーズを見返して感じたこと、それは原作者・脚本家、映画監督としての石井隆が日活ロマンポルノで見せたかったのは決して“ポルノ”ではない、ということだ。
また日本劇画界のトップを競う作家たちが名を連ねていた『ヤングコミック』での作品群においても同じである。確かに劇画家・石井隆がかつてないほどの官能表現を用いていたことは事実だ。それは一種のテロ行為に近い刺激的な表現として時代の中で認識されもした。しかしそこで見せたかったのも“ポルノ”ではない。
むしろその真逆に身の回りに存在している“おんな”を“おんな”として描き、男尊女卑の風潮の中で男の欲望の対象物として扱われる女性をリアルな世界へと救い出すことこそ、石井隆が自らの作品に込めた願いだったのだ。
にもかかわらずである。
一方で時代のトップランナーに昇りつめるほどのインパクトが故に貼り付けられた「三流エロ劇画家」というレッテルは、大手コミック誌からの連載オファーが決定寸前で立ち消えになるなど以降の劇画家人生に翳を落とすことにもなる。
それは当時“一流”劇画誌であった『ヤングコミック』で活躍する石井隆を「三流エロ劇画家」の一人と称することで、エロ雑誌と世間から呼ばれ、自らを“三流”と称していた成人誌編集者らが自分たちも時代の先頭を走るに足るアナーキーな存在として、同等の格付けに引き上げようと意図したサブカル・ムーヴメントに利用された格好だ。
表現の表層だけを捉えて付けられたこの侮蔑的なレッテルは一人歩きし、映画監督となって以降の石井隆にも付き纏っていった。
確かに石井隆の劇画家としてのキャリアは“三流”とされるエロ雑誌からのスタートであった。しかし当初からの作品を見ても石井隆自身はエロと呼ばれる表現領域を蔑んだ目では見ていなかったように感じられてならない。だからこそ、その才能は“一流”とされるステージ 『ヤングコミック』に一本釣りされる形で活躍の場を得たのだ。おそらく“三流”とも“一流”とも自らを格付けされることは望んでいなかったであろう。
もしできるなら、これまで石井隆が目指してきた表現が果たして“三流”であったのか…今回の『天使のはらわた』ブルーレイで確かめて欲しい。そして、これまで世の中に貼り付けられたその侮蔑的なレッテルを心の中から剥ぎ取って欲しい。
そこに見える石井隆ワールドは、もしかすると今までとは少し違う景色に感じられるかも知れない。
ファンサイトWeb担当 KICO